Contemporary Art

極小美術館

2020.10/18(sun)~ 2020.12/6(sun)

espoir 31

観覧申し込みは090-5853-3766まで。入場は無料

「いのち」へのまなざし 

青山訓子 (岐阜県美術館学芸課長)

 矢橋頌太郎さんの作品を最初に見たとき、私は「花」を連想したのだった。
 2020年3月、極小美術館「MUSA-BI」展で拝見した矢橋さんの出品作は、緑の背景に大きく回転するようなタッチで大小の白い丸い形がランダムに配置され、それぞれの円の中心部から周縁に向かって鮮やかな朱色のタッチが広がり、細部にはスパッタリングで白や黄色の細かな点が散っていた。油彩だがマットな仕上げでパステル画のようにも見え、風に揺れ動く花が陽光を反射しているようだと思った。同展の企画者でもある矢橋さんに(腰の低い穏やかな青年で、その若さに驚かされたのだが)会場で話をうかがったところ、これがまったくの間違いで、人の「つむじ」が描かれているのだという。言われてみれば成程、円と円とを渡る茶色のタッチは日焼けした腕のようで、数多の妖精めいた少女たちが手をつなぎ踊っているかのように見えたのだった。
 私のとんだ見当違いは失笑ものだろうが、しかし、花も人も同じ世に生きる「いのち」、生命の存在に変わりはない。矢橋さんはみずみずしい「いのち」を描いているのだ。
 その後機会があって、関ヶ原の企業の職員施設に展示されている十年ほど前の旧作を拝見した。濃い灰色を基調として画面いっぱいに頭部が描かれ、ユーモラスな感じもあるけれども、新作とは違って少し不穏な印象が漂っていた。
 矢橋さんは、武蔵野美術大学在学中は風景を描いていたが、卒業の頃から頭部を真上から俯瞰する構図の作品群を描き続けている。それは近しい関係の人が認知症を患ったことに端を発しているそうだ。遠く高くから人物を見下ろした構図は、精神的つながりが失われた心の距離感から生まれたのだろう。灰色のトーンからもうかがわれる寂寥感。同時に、対象を庇護すべき者として暖かく見守るまなざしも感じられる。表情をうかがい知ることはできないけれども、静かな佇まいは、対象となった人物の心の平穏を象徴しており、それは、そのようにあってほしいという作者自身の祈りでもあるのだろう。
 俯瞰される頭部は、その後、特定の個人ではなく、普遍的な人間表現を託した独自のモチーフとして、矢橋さんの重要なテーマとなった。次第に彩りが復活し、さまざまな色彩のバリエーションが生まれる。色調は暖色系が増え、タッチは躍動感を帯び、初期の作品に漂っていた不気味さや寂しさは薄れて、対象に注がれるまなざしの暖かさが強調されていく。それは「いのち」を肯定的に捉える姿勢ともいえる。
 表現は、作家の心の奥深くにある切実な思いが反映されるものだ。2020年春の作品で感じたポジティブな印象は、矢橋さんの人間表現への積極性を表しているのだろう。新たな個展で発表される作品は、さらなる豊かなバリエーションなのか、新たな展開に出会えるのか。会場を拝見する日が待ち遠しい。

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VIEW‐45(2020年制作)
キャンバスに油彩 3240 × 1303mm

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VIEW-43(2019年制作)
キャンバスに油彩 1620 × 1303mm

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VIEW-44(2019年制作)
キャンバスに油彩 530 × 455mm

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VIEW-27(2017年制作)
キャンバスに油彩 1455 × 1120mm

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VIEW-30(2018年制作)
キャンバスに油彩 2590 × 1620mm

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無意識は抽象の夢を見る(2018年制作)
キャンバスに油彩 455 × 380mm

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矢橋頌太郎

【略歴】
2011
武蔵野美術大学 造形学部 油絵学科 卒業
2012
現代美術の新世代展で優秀賞受賞(極小美術館)
選考・青木正弘前豊田市美術館副館長、篠田守男筑波大学名誉教授 他
2013
「リアリズムの深層」展
2014
初個展(極小美術館)
2014
個展(ギャラリーうちやま)
2015
富山トリエンナーレ 2015 神通峡美術展で優秀賞受賞
選考・篠田守男筑波大学名誉教授、酒井忠康世田谷美術館館長、絹谷幸二東京芸術大学名誉教授
2015
ミズマクおおがき 2015 StartingPoint 大垣の新進美術家たち(大垣市文化事業団主催 スイトピアセンター)
2016
宇宙の連環として 2016 (極小美術館)
2016
個展(極小美術館)
2017
現代美術の新世代展 2017(極小美術館)
2018
個展 「頭上漫々」展(名古屋画廊)
2019
現代美術の視点(極小美術館)
※開催時点